エプリス(エプーリス、歯肉腫)
>>>犬のエプリス(エプーリス)とは?
エプリスとは歯肉部に生じる充実性で平滑な歯肉と同色の色調を持つ腫瘤です。外観上は歯肉を内側から盛り上げるように成長する、いくつかの種類の「シコリ」の総称となっています。犬ではよくみられ、口腔内腫瘍のおおよそ3割を占めるといわれています。
エプリスには歯肉に炎症などの刺激が続くことにより発生する非腫瘍性の炎症性エプリスや良性腫瘍による腫瘍性エプリスがあります。
エプリスは以前はその形態上の特徴によって、線維性エプリス、骨性エプリス、棘細胞性エプリスに分類されておりました。線維性または骨性エプリスは良性の腫瘤を形成するものですが、それとは対照的に棘細胞性エプリスは周囲の組織への強い浸潤性(しんじゅんせい)を持ち、注意を要する腫瘍としての特徴を持っています。
つまり、いわゆる「エプリスのようなもの」が炎症性から良性腫瘍、悪性腫瘍に近い振る舞いをするものまで存在し、エプリスとはなにか?ということに関して分類上の混乱をきたしておりました。
このため、現在の分類では、従来はエプリスとされていた注意を要する棘細胞性エプリスは棘細胞腫性エナメル上皮腫という別な腫瘍に分類されるに至りました。(他にも細かなアップデートかあるのですが本コラムでは割愛します)
まず、エプリスとは何かという説明として下の2枚の写真をご覧ください。写真は上顎の犬歯のすぐ後ろから発生した良性の骨性エプリス(骨形成性エプリス)ですが、前後の隣接する歯まで覆い隠すほどの大きさです。(右が拡大です)
>>>エプリスの症状は?
本来の意味でのエプリス、いわゆる線維性及び骨性エプリスでは同時に歯垢の蓄積や歯周病などの口内の環境悪化をしばしば伴っています。また、その成長が遅い傾向がありますが、一方で棘細胞性エプリス(棘細胞腫性エナメル上皮腫)はより早い成長がみられる傾向があります。
ほとんどのエプリスは症状を伴わない状態で飼い主さんの観察や動物病院での身体検査により発見されます。腫瘤が小さいうちは症状はなく、他の口腔内にできる腫瘍と同様に大きさが大きくなるに従って流涎(りゅうぜん、よだれ)が増え、口臭が増してきたり、時に咀嚼(そしゃく)や嚥下(えんげ、飲み込み)に問題を生じることもあります。
特に棘細胞腫性エナメル上皮腫(棘細胞性エプリス)などの腫瘍は切除しても再発を繰り返し、次第に周囲の組織を腫瘍の浸潤によって破壊してしまい、進行したものでは顎骨を変形させてまうほどです。
>>>エプリスの診断は?
エプリスの分類上の分かり難さは冒頭に書いた通りですが、診断の上でも一見して同じような「エプリスのようなもの」が病理検査によってさまざまな診断に分かれます。その例を下の2枚の写真でお示しいたします。冒頭の良性の骨性エプリスの写真も含めていずれも一見して似たような腫瘤に見えます。
左の写真は歯肉過形成、エプリスと似ていますがエプリスという診断上の要件を満たさない非腫瘍性の良性病変です。右の写真は棘細胞腫性エナメル上皮腫(棘細胞性エプリス)でした。この腫瘍は周囲への浸潤性が強く悪性腫瘍のような振る舞いを見せる腫瘍です。このように歯肉の腫瘤は見た目ではその診断ができませんので病理検査を必ず行う必要があります。
エプリスと判断されるような歯肉の腫瘤、特に歯垢・歯石の沈着や歯周病に伴ってよく見られるようなものは、口腔内環境の悪化に伴うエプリス(=良性病変)とみなされやすく、歯周病治療のスケーリング(歯石取り)と同時に局所摘出され、そのまま病理検査を行わずに済まされているケースが多々あると考えられます。
エプリスの分類から外れた棘細胞性エナメル上皮腫はもちろんですが、良性と判断されるエプリスにも再発を繰り返して後に問題を起こす歯肉腫瘍となるものが一定数存在します。
>>>エプリスの治療は?
エプリスは外科的に摘出しなければなりませんが、良性の病変であるはずの線維性エプリスや骨性エプリスを局所摘出した場合でも、おおよそ一割弱の確率で再発するといわれております。
特に、旧分類で棘細胞性エプリスとされた棘細胞腫性エナメル上皮腫(右上写真)は転移こそ起こさない良性腫瘍ですが、周囲の組織に浸潤増殖するために局所摘出では高頻度に再発を繰り返し、根治させることがほぼできません。つまり、完全な摘出のためには下顎骨や上顎骨ごと摘出する大掛かりな手術を行う必要があるということです。
一般的に正しく摘出された境界の明瞭な良性腫瘍は再発をあまり起こさないものです。エプリスが再発しやすい背景には腫瘍が歯槽骨に付着する歯肉の深部、歯周靱帯から発生してくるためと、腫瘤の下がすぐに歯槽骨という構造もあってサージカルマージン(切除する際の安全域)を取るのが難しく、歯肉部のみの局所切除を行った場合には不充分な切除となり易いためです。
エプリスを局所摘出した場合には定期的に再発のチェックを行うことと、飼い主さんにも観察を促す必要があります。また、もし再発してしまった場合には腫瘍の病理学的な特徴が前回と一致しないこともあるため、再発したエプリスはその都度注意すべき腫瘍として、適切なリスク評価を行う必要があります。
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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍